おがちょのつぶやき日記

トロント日系セブンスデーアドベンチスト教会牧師のブログです。

カテゴリ: 東日本大地震

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先週末、教会に日本の震災募金のポスターが届いた。
韓国にある私たちの教団所属の教会には全部届けられたようだ。
やっと、日本のために何か出来ると思うとホッとした。

募金ができるのはうれしいのだが、ひとつ気になった。
韓国のポスターは、どうしてこう内容が強烈なんだろうか?
見た人には、インパクトを与えるだろうが、日本ではまず見られないポスターだろう。

こんなポスターがあれば、瞬時に非難のメールと電話がひっきりなしに来て、
即刻引っ込められる部類のポスターだ。

そういえば、この間、韓国の友人がつぶやいていた。

「どうして日本のNHKでは、遺体の映像が映らないのか?
あまり悲惨な様子が伝わってこないんだけど・・・」

説明するのも疲れるから、あえてしなかったが、
こんなところにも国民性が現れるものなんだと、妙に感心した記憶がある。

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福島にいる友人の牧師からメールが届きました。
まだ電話が不通だそうですが、インターネットだけ使えるようになり、
近況を報告してくれました。


『ようやくネットが今、つながりました。3月16日、16:45です。被災しましたが、大丈夫です。元気にやっています。

福島教会は現在、12名の方々が避難されてきています。教会員のお友達や教会員です。みなさん、津波の被害、原発の避難勧告でこちらまで命からがら逃れてきました。
津波を横に見ながら、必死に山の方面に向かって車を走らせた方もおられます。

原発の事が沢山報道されていますが、こればかりはわたしたちの範疇を超えています。報道を聞いていると「息をするな、外に出るな」と言っているように思えます。しかし、わたしたちは至って元気です。とにかくみんなで励まして、連絡を取り合って、協力し合って頑張っています。福島教会も未だ水は通っていません。しかし、ADRA-Japan(国際NGO)や教団の救援部隊が来てくれました。涙がでるほどうれしかった。この物資で、近隣の方々に水を分け、食料を届けることができました。しかし、まだ食料は整っていません。多くの被災地が燃料、水、食料、人手を必要としています。福島市、福島県郡山、福島県須賀川に、福島県の海沿いの被災者たちが避難してきています。まだまだ寒いので、燃料がとにかく必要です。

しかし、祈りというのは本当に力になります。わたしたちを見ていてくださる方に祈り、ともにいてくれるように願い、聖霊が使わされて、ふっと「あ、今、安心している」という、ものすごい安心感が与えられます。不思議なことですが、今わたしと妻が経験している事実です。神が私たちのために働いてくださっています。

物資は底をつきません。ホントに、この状態が一ヶ月続いたら、と不安がっている人が沢山いますが、その人の所に、少しずつですが、ものを分けてあげられるだけは備えられました。しかし、足りない事実は残ります。それは事実ですが、これからのことは、神様が必ず何とかしてくれる。とってもうれしい言葉が心の中でこだましています。

教会に避難してくださった方々の中にも、両親との連絡がつかない、職場の人と連絡がつかない、という方々がおられます。被災地では、プラカードを下げた男の子が両親を捜したりしていました。彼らに燃料と毛布と、食べ物と、安心を送りたいと祈っています。

病院にいた1歳と3歳双子の三人が、福島市内の病院に搬送されました。教会に身を寄せている方の親戚です。肺炎にかかってしまったとのことです。しかし、退院したら一家で行き場はありません。この家族のために、教会員が名乗りを上げてくれました。神様の聖霊が働いています。

わたしたちができることは限られています。実際、わたしはほとんど何もできていません。しかし、教会がここにあるだけで、神様が必要を満たしてくださいます。

原発が最悪な状況であっても神様へ祈る時、神様は必ず、わたしたちを持ち運んでくださると思います。原発の報道を見るたびに、「わたしたちはこの恩恵にあずかっていたはず」と思います。あそこでは今も、自分の命を投げ出して働いている方々がいるのです。その原発で働いていて、避難できた人も今、わたしたちとともにいます。彼は、地震の時、原発にいて、すぐに避難したそうですが、これまで揺れたことのなかった原発が今回は揺れて、停電になり、本当に危機を感じた、と言っています。これは、対応云々の問題ではなく、自然の前に無力なわたしたちのあり方を示しているに過ぎないのではないでしょうか。だれも原発や東京電力を責めることはできません。

教会員に、福島原発のオペレーターを訓練する所で働かれていた方もいます。この方も、今回の事は想定していたこと以上の事で、だれにも防ぐことはできなかった、と言っていました。わたしはこの言葉を重く受け止めました。原子力は本当に強い力で、わたしたちに電力を供給していました。ただ、押さえられないだけだったのです。人間には無理だったのだと、今分かっただけでした。

今わたしたちは、原発事故は脅威ですが、神の御手がわたしたちを覆ってくださる、と確信しています。放射能の影響はあるかもしれません。早く死ぬことになるかもしれません。しかし、わたしたちの国籍は天にあります。わたしは最後まで、わたしの人生が続くかぎり、妻と子供たちを守り、被災者たちと手を取り合って助け合い、神様の愛を実行したいと思います。

みなさん、祈りましょう。今も祈ってくださることを感謝します。ますます奇蹟を祈りましょう。神様が早く来てくださるように。苦しみの中でも、「あなたは独りではない」と声を掛け合えるように。人の手を取って、目を見つめあい、同じ神様の子供として、キリストの兄弟として、今日一日を生きていきたいと思います。』


17日、この教会に救援物資第2便の2tトラックが到着したそうです。
今も災害と戦っている被災者のためにお祈りいたします。

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日曜日から水曜日まで、雪岳山(ソラク山)の麓にあるホテルで、
私の所属する教団の教区牧師会に参加している。

その牧師会には、韓国の牧師が約200人出席している。
いろいろな講義や会議があるのだが、昼食前に特別な祈祷会があった。

日本の状況が発表され、韓国の教区、教団から支援をするということが話された。
そして、200人の牧師がひざまずいて、2,3人に分かれて、日本のために
心を注ぎだして主に祈った。「日本を助けてください!」と。

朝や夜には、牧師たちが日本の地震の様子をテレビで熱心に見ていた。
ある韓国の牧師は、被災地のあまりの惨状に涙を流しながら見ていた。
「心が痛い…」と。

主がこの祈りを聞かれ、一刻も早く被災者の援助と、
被災地の復旧が行われますよう、心から願ってやまない。

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『24:3 イエスがオリーブ山で座っておられると、弟子たちがやって来て、ひそかに言った。「おっしゃってください。そのことはいつ起こるのですか。また、あなたが来られて世の終わるときには、どんな徴があるのですか。」24:4 イエスはお答えになった。「人に惑わされないように気をつけなさい。24:5 わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがメシアだ』と言って、多くの人を惑わすだろう。24:6 戦争の騒ぎや戦争のうわさを聞くだろうが、慌てないように気をつけなさい。そういうことは起こるに決まっているが、まだ世の終わりではない。24:7 民は民に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に飢饉や地震が起こる。24:8 しかし、これらはすべて産みの苦しみの始まりである。」』マタイによる福音書24:3-8


 昨日の日本での大地震は、日本中の人々に大きな衝撃と、犠牲を強いるものでした。
そして私たちも心に深い悲しみと不安を受けました。今も多くの人々が家に帰れず、
食料や水にもことかき、寒さの中で震えています。また、日本だけでなく、世界中にも
別な意味でショックを与えました。これだけ発展した日本が、また世界最先端の地震対策を
誇っている日本が、これほどの被害に見舞われると言うことは、大きな驚きだったのでは
ないでしょうか。また日本を含め、近年世界で多発している大地震を見ながら、
世界中の人々の心の中に「終末」という言葉が浮かんだのではないかと思います。

 私も昨晩、インターネットで刻々と被害の状況が明らかになる祖国日本の状況を、
胸が引き裂かれる思いで見ておりました。宮城県仙台市は、つい数週間前に日本で
食事を共にした尊敬する牧師の教会があり、多くの友人も住んでいます。インター
ネットでは、その同じ地区の写真がありました。その教会の地区は火の海になって
いました。彼らの安否が本当に気になります。
 他にも、福島の教会の牧師とも楽しく話していましたが、仙台と同じく、連絡不
通で、どういう状態か全くわかりません。

 「終末」という言葉で思い出すものがあります。それは1972年、有名なローマクラブの
「成長の限界」というレポートが発表されたことです。この報告の中で、「世界の
人口増加や工業化、汚染、食糧生産の増加、資源の消費がこのまま続くと、今後100年
以内に成長は限界に達し、人口と工業生産が突然減少し始めて、人間のコントロールが
効かなくなるであろう」と主張されていました。それは、当時の経済成長に酔いしれて
いた世界の人々にとって、実にショッキングなレポートでした。そしてそれを証明するか
のように、その直後、1973年、世界は石油ショックの危機に見舞われました。

 現在では、ローマクラブの警告の真実性を疑う人はいません。砂漠化する地球、
深刻な食糧危機、飢餓問題、地球全体に広がる大気汚染、地球温暖化現象、爆発する
人口増加などの課題が次から次へと出てきて、待ったなしの状態になっています。

 ハワイの博物館に、「人類の墓」というものがあります。その墓にはこう書かれています。
「この種族は、自らの作り出した廃棄物と有害物と人口増加のために、2030年に絶滅した」
と書かれています。

「今回の地震は、私たちが自ら招いたものではないではないか」とおっしゃるでしょう。
そうです。これは私たちの生活から起こったことではないでしょう。しかし、聖書には
このことが前もって何度も警告されていました。

それが、さきほど聖書朗読でお読みした箇所です。その後でイエス様はこう警告されました。


『24:16 そのとき、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。24:17 屋上にいる者は、家にある物を取り出そうとして下に降りてはならない。24:18 畑にいる者は、上着を取りに帰ってはならない。24:19 それらの日には、身重の女と乳飲み子を持つ女は不幸だ。24:20 逃げるのが冬や安息日にならないように、祈りなさい。24:21 そのときには、世界の初めから今までなく、今後も決してないほどの大きな苦難が来るからである。24:22 神がその期間を縮めてくださらなければ、だれ一人救われない。しかし、神は選ばれた人たちのために、その期間を縮めてくださるであろう。』マタイ24:16-22

この言葉は、イエス様はエルサレムが滅ぼされる時と、終わりの時代にイエス様が
返ってこられるときのこと、2つの時代を表していると言われています。今回の
日本での大地震の際、大きな津波が被害を甚大なものとしました。まさしく、
このイエス様の言葉に当てはまるように思います。津波が来ると聞いても、
時間がなく高台に逃れられなかった人は、津波の犠牲になってしまいました。

また次の言葉も、考えさせられます。


『24:36 「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。ただ、父だけがご存じである。24:37 人の子が来るのは、ノアの時と同じだからである。24:38 洪水になる前は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていた。24:39 そして、洪水が襲って来て一人残らずさらうまで、何も気がつかなかった。人の子が来る場合も、このようである。24:40 そのとき、畑に二人の男がいれば、一人は連れて行かれ、もう一人は残される。24:41 二人の女が臼をひいていれば、一人は連れて行かれ、もう一人は残される。24:42 だから、目を覚ましていなさい。いつの日、自分の主が帰って来られるのか、あなたがたには分からないからである。24:43 このことをわきまえていなさい。家の主人は、泥棒が夜のいつごろやって来るかを知っていたら、目を覚ましていて、みすみす自分の家に押し入らせはしないだろう。24:44 だから、あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。」』マタイ24:36-44

 ノアのことを皆さんは聞いたことがあるでしょう。神様はノアに箱舟を造る
ように命令されました。

 その頃、地球上では雨は降ったことはなく、洪水になるなどとは誰も考えて
いませんでした。そのようなときに、箱舟を造れと言われたら、私たちはノア
のように神様の命令に従えるでしょうか。

 箱舟は150メートルもあります。しかもノアは大工ではなく農夫だったのです。
他の人々は、この世の中のことに熱中していました。家を建て、色々な仕事を
して、商売をして、おいしいものを食べたり飲んだり、お金儲けをして、
楽な、幸せな生活を一生懸命追い求めていました。そんな中でノアは神様の命令
どおり、箱舟を造っていました。自分の人生と全財産をつぎ込んで、舟を造り、
家族と共にそこに入りました。

 雨なども降ったこともない時に、洪水になるという神様の言葉を聞いてそうした
のでした。世間の人がノアを見て笑っていたことは、簡単に想像できます。

 しかし、ノアが箱舟に入って戸を閉めたら、ポツンと雨が降ってきてそれから
降り続きました。彼は洪水が来るという神様の言葉をそのまま信じ、その準備の
ために箱舟に入りました。

 私たちクリスチャンは、昔からこのような日が来ると聖書から知り、多くの人に
伝えてきました。しかし、多くの人々はその言葉に耳を傾けることなく、
今を生きることに集中してきました。

 私たちはどうでしょうか?どのように生きているでしょうか。ノアのように
神様に従っているでしょうか?

 もちろん、今は箱舟を造る必要がありません。それはイエス様が箱舟をすでに
造ってくださったからです。その中に入れば大丈夫なのです。それが私たちの
信仰であり、終末信仰なのです。(くれぐれも週末信仰にならないように・・・)


『24:19 それらの日には、身重の女と乳飲み子を持つ女は不幸だ。24:20 逃げるのが冬や安息日にならないように、祈りなさい。24:21 そのときには、世界の初めから今までなく、今後も決してないほどの大きな苦難が来るからである。24:22 神がその期間を縮めてくださらなければ、だれ一人救われない。しかし、神は選ばれた人たちのために、その期間を縮めてくださるであろう。』マタイ24:19-22

 今回、宮城ではまだ雪が降っており、安息日になっています。少しでも早い、
被災者の方々の救出と普段の生活が戻るようお祈りしたいと思います。

 パウロはこう言いました。

『更に、あなたがたは今がどんな時であるかを知っています。あなたがたが眠りから覚めるべき時が既に来ています。今や、わたしたちが信仰に入ったころよりも、救いは近づいているからです。』
ローマ人への手紙13:11

 私たちは、目を覚ますときに来ています。今までの自分の経験や常識を
信じて歩むには限界が来ています。私たちの想像を超えることが起こって
いくからです。今回の地震の力は、日本の専門家たちが想定していた地震
の90倍の威力があったそうです。また、NZで起こった地震の180倍も
あったということです。

 また、日本で起こった地震の中では、1000年に1度の大地震だと専門家が
言っていました。私たちの想像を遥かに超えていることがわかると思います。

 しかし、聖書には世の終わりがあること、このような地震が必ず起こる
ことが、2000年も前にイエス様によって預言されていました。私たちは
今こそ目を覚まして、ノアのように忠実に神の言葉、聖書の言葉に従う
ときではないでしょうか。イエス様は、これが苦しみの始まりに過ぎない
といわれました。それを実証するかのように、昨晩、長野と新潟で震度6の
地震がありました。これからまだまだ続くのではないかと思います。

 今、日本の人々のためにお祈りすると同時に、私たちは自分の歩む道を
振り返り、またまだ神様を知らない人たちのために、聖書が記している事実、
世の終わりのあること、そしてその先にある、イエス様の再臨があることを
伝えていく必要があるのではないでしょうか。

 聖書の一番最初は、『初めに神が天と地を創造された』で始まり、聖書の
最後は、『以上すべてを証しする方が、言われる。「然り、わたしはすぐに
来る。」アーメン、主イエスよ、来てください。主イエスの恵みが、すべて
の者と共にあるように。』で締めくくられています。

 この世界は、神様によって創られ、イエス様が再び帰ってこられて、
私たちを天に迎えて下さることによって終わるとハッキリと書いてあります。
その時、死に別れた愛する人々との再会があり、私たちは一切の苦しみ、
悲しみ、涙から解放されて、永遠の命を受けるのです。

 どうぞ、新しい一週間を神の言葉をそのまま受け入れ、主と共に歩む
一週間でありますよう、そして日本の人々が、この未曾有の災害から一刻も早く
助けだされること切に祈るときでありたいと思います。

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