おがちょのつぶやき日記

トロント日系セブンスデーアドベンチスト教会牧師のブログです。

カテゴリ: 韓国育児日記

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1週間ほど前、次男と三男が通っていた韓国のオリニチブ(保育園)の最後の当園日があった。
次男を4月からソウル日本人学校の幼稚部へ入園させるための選択だった。
三男は一年間、妻が家で世話することになった。

その韓国の保育園は、9月に今のアパートに引っ越してきた際、近所のクリスチャンの
おばあちゃん(地区の顔みたいな人)に薦められた所だった。

今まで通っていた江南区の設備の整った幼稚園とは比べられないが、気に入ったのは、
年配のベテラン先生が多かったことだ。江南の幼稚園を何箇所か回った時は、
どう見ても、20代の女性の先生ばかりで、しかも面接で美人ばかり選んだんじゃないか
と思うくらい、きれいな先生が多かった。

もちろん、難関の採用試験を受かった方ばかりだから、優秀には違いないだろうし、
なんの不満もなかった。しかし、今回の保育園は、園長先生を初め、他の先生方にも
恵まれたと思う。

写真の通り、アパートを使った少し狭い保育園ではあったが、子供たちはすんなり慣れた。
それは、いつも登園した時、また迎えに行った時に必ず先生方が、子供たちを「ぎゅっ」と
抱きしめてくださり、いつも笑顔で愛情深く接してくださったおかげだと思う。
また、写真には写っていないが、保育園の園長先生も人格者で信頼できる人だった。

さすが近所で有名なおばあちゃんが、孫のために断食して祈って決めただけのことはあると
妻と話していた。本当はもう少し通わせたかったが、やはり日本人学校へ行った方が
金銭的にも、私たちの送り迎えの時間も短縮できるので、このような選択になった。

韓国の保育園や幼稚園は、とにかく勉強をよく教えるところが多い。この保育園も、
韓国語、英語、音楽など多くの学びの時間があったが、それに加え1週間に1回は、
近くの大きな体育館や、外で思いっきり遊ばせてくれた。

あと、日本の幼稚園や保育園ではないと思うのだが、こちらでは登園してすぐに
朝食と言うか、間食が用意されている。だから朝食を食べなくて保育園に通う
子供たちも多いようだ。それに3時のおやつもあるから、昼食と合わせると、
ほとんど1日3食頂いているようなものだ。韓国の子供たちが日本の子供たちよりも
体の大きい理由が分かる気がする。

三男はまだ言葉を話せないが、次男は3歳で韓国語も日本語も理解でき話せるので、
あと6年間で、韓国語を忘れないようにさせたいと思っている。

今まで4人の子供たちを日本と合わせると6箇所の幼稚園、保育園に通うせてきたが、
子供たちに一番いいところだと思ったのは、宗教教育がある幼稚園だ。

これまでには、3箇所そのような所に通ったが、日本の茨城県行方市に住んでいた時に、
長女が通っていた「のぞみ幼稚園」が一番よかったところだ。
「知育・徳育・体育」がバランスよく備わった幼稚園だったからだ。色んな面で
文句のつけようがなかった。今でも、下の3人を通わせられたら・・・と思っているほどだ。

私は中学校で3年間働かせてもらった。妻は、小学校教師の資格を持っているし、
また、一年間、日本の幼稚園で保母として働いた経験がある。
だからという訳ではないが、これから幼稚園を探される方は、ぜひ時間をかけて
じっくりと選ぶことをお勧めする。妻はそのことに妥協しなかった。

時間とお金の関係で、近くの所という選択は仕方のないところではあるが、
もし可能であれば、私の近所のおばあちゃんのように、よく祈ってみると、
いい学校が必ず見つかるだろう。子供たちが自由にのびのびと楽しく暮らせ、
本当に愛され、真に大切なことを教えてくれるところが一番だと思うからだ。



『3:1わが子よ、わたしの教を忘れず、わたしの戒めを心にとめよ。3:2そうすれば、これはあなたの日を長くし、命の年を延べ、あなたに平安を増し加える。3:3いつくしみと、まこととを捨ててはならない、それをあなたの首に結び、心の碑にしるせ。3:4そうすれば、あなたは神と人との前に恵みと、誉とを得る。3:5心をつくして主に信頼せよ、自分の知識にたよってはならない。3:6すべての道で主を認めよ、そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。』 旧約聖書 箴言3:1-6


『내 아들아 나의 법을 잊어버리지 말고 네 마음으로 나의 명령을 지키라.
그리하면 그것이 네가 장수하여 많은 해를 누리게 하며 평강을 더하게 하리라.
인자와 진리가 네게서 떠나지 말게 하고 그것을 네 목에 매며 네 마음판에 새기라.
그리하면 네가 하나님과 사람 앞에서 은총과 귀중히 여김을 받으리라.
너는 마음을 다하여 여호와를 신뢰하고 네 명철을 의지하지 말라.
너는 범사에 그를 인정하라 그리하면 네 길을 지도하시리라.』 잠언 3장1-6

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先週、長男の卒園式が日本人学校幼稚部でありました。
ありましたが、息子は出れませんでした。その日が礼拝日だったからです。

宣教師として牧師として、一クリスチャンとして、
なによりも父親として、休ませることは簡単な決断ではありませんでした。

多くの人から「融通が利かない」、「子供の気持ちを考えていない」、
「だから宗教は…」という声を聞きました。

「これから礼拝日にかかる運動会や保護者会、様々な行事にも出れません」
そう説明した時に、園長先生は驚いておられました。当然のことです。
これを読まれる方も「何もそこまで…」と思われる方がほとんどでしょう。

アブラハムのように一人息子を捧げよとは主は私たちに言われないでしょう。
しかし、何を第一とするかは、おのずからその人の人生のうちに
現れてくると思います。

『心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして神を愛せよ』

息子には、本当に主を畏れる人になって欲しいと願っています。
その信仰だけが、私たち夫婦が息子に与えられる唯一の財産だと思っています。

園長先生、今日は息子のために、たった一人の卒園式をしてくれて
ありがとうございました。理解できずとも、私どもの信仰を尊重してくださり、
息子を愛してくださったこと、心から感謝いたします。

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すみません。親バカと知りつつ、投稿します。

うちの子の3番目が、1年ちょっと前にスタジオで写真を撮ったのですが、
その時のものが、ソウル市内のEマートの壁に貼ってありました。
何ヶ所かにあるようですが、つい先日もあったということで、
「モデルデビューしたんですか?」と教会に通っている大学生から写真とメールがありました。
それで、ちょっと載せてみました。親バカですみません(^_^;)

まぁ、「自分の子が一番カワイイ」といいますから、ゆるしてください・・・(笑)

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我が家には、4人の子供がいる。
上の2人は今年、ソウル日本人学校の小学3年生と1年生になる。
3番目は、日本人学校の幼稚部に入り、4番目は家で妻が見ることになった。

韓国は、教育熱心で有名だが、我が家は、周囲と同じように、子供たち全員を
塾に入れることはできない。4人もいると、塾の費用とてバカにならないからだ。
しかし、本当の理由はそれだけではない。

日本人学校では4人の子供がいる家庭は、私たちだけらしい。
以前、妻がある日本人の奥様方から、お叱りを受けたことがある。

「家の経済のことを何も考えずに4人も子供を産むのは、あなたは考えが足りない」と。

「自分たち夫婦は計算して2人だけ産んだ。あなたもよく考えて産みなさい。」

その方々は、このように言っておられたのであろう。
そういう面もあるだろう。もちろん否定はしない。
しかし、ここには根本的な誤り、決定的な思い違いがあるように思う。

子供は天からの授かりものだ。自分で命を創ろうと、
どんなに考えてもできはしない。命とは、神秘そのものである。
誰もそれを創り出せはしない。それを「計算して産む」と考えるのは、
ある意味、傲慢ではなかろうか。

私たち夫婦は、子供たちを神様から預けられたと考えている。
それによって、彼らを自分の所有物と考えることから解放される。

日本や韓国では、親と子供の関係は親密である。
その結果、いつまでも子離れできない親たち、
あるいは、親離れできない子たちが多いように思う。

その中で、子供を親の所有物であるがごとく考える親たちが、
子供に対して、自分の欲求を無理に押し付けるのであろう。
また、子供や自分たちの将来を悲観し、無理心中を考えてしまうのかもしれない。

しかし反対に、「子供たちは神様から預けられた者たちであり、
いずれは神様にお返ししなければならない」と考えるならば、
子供たちに対する態度や、教育方法もおのずから変化するであろう。
家庭で教育をするにしても、何を重要とするのか、全く違うものとなる。

今の親たちは、何を一番として子供に教えようとしているのだろうか?

私は以前、全寮制の中学校で働き、色々な家庭の子供たちを見てきた。
また今は、4人の子供がいる。何を第一に子供に教えるべきか、
正直、考えない日はない。

今の世の中を見ていくとき、様々な問題が山積みになっている。
犯罪、道徳の低下、不倫や家庭内暴力などによる家庭の崩壊、
アルコールやギャンブルなどの中毒、引きこもりや不登校。
数え上げればきりがない。

それらの元をたどれば、すべて彼らの家庭や学校、社会で受けてきた、
「教育」が原因と思って間違いないであろう。

どんなに知力や知識を蓄えようとも、どんなに体力が増そうとも、
それらを正しくコントロールできなければ、何の意味もない。


100年ほど前にアメリカで書かれた「教育」という一冊の本がある。
これは私たち教会の初期の指導者が書いたものである。

この本は、文部省の発行する「文部時報」にもとりあげられ、
高く評価された。その中で「世界最大の必要」という有名なくだりがある。

『世界で最も欠乏しているものは人物である。それは、売買されない人、
魂の奥底から真実で、正直な人、罪を罪とよぶのに恐れない人、
磁石の針が南北を指示して変わらないように、良心が義務に忠実な人、
天が落ちかかろうとも正しいことのために立つ人、そういう人である。』

今の世の中を見れば、まさしくこの言葉が意味しているものを痛感せざるをえない。
私たちは、子供たちをどこに向けて育てているのであろうか。
何が一番彼らに必要なのだろうか。

聖書には、一番大切な戒めとして、イエス様が言われたことが2つある。

「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』
これが最も重要な掟である。第二も、これと同じように重要である。
『隣人を自分のように愛しなさい。』律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいている。」
(マタイによる福音書書22章34節)

命を与えられる神様を覚え、生かされていることをわきまえ、謙虚になり、
隣人を真に愛することを覚える時、本当の意味で、
世の中における有用な人材が育てられるのではないだろうか。

私は、自分の子供たちを神様と人のために役立ち、愛する者として育てたいと思う。

子供を欲しくても産めない方、育てたくても出来ない方もおられる。
そんな今だからこそ、本当の教育を受けた子供、自分のことではなく、
神と人のことをまず考えられる者を、世の中に送り出したいと思う。

そのような子供たちを神様は求めておられるのではないだろうか。
神様は、そのように願われて、次の言葉を言われたのだと思う。

『生めよ、ふえよ、地に満ちよ。』創世記9章1節

今年から、長女と長男が日本人学校の幼稚園に通い始めた。
以前は2人とも2年間、韓国の幼稚園に通っていたので、韓国語はだいたい
理解して話していたようだが、最近は、めっきり韓国語が減っている。
今年に入り、日曜日の8時は家族全員でテレビの前に勢ぞろいし「篤姫」を見るのが
我が家の定番になってきた。


5歳の長女は、普段の日本語会話は遅れているのに、
時代劇の言葉は面白いようで、少しずつ覚えている。
先日、妻が夕食にパスタを作って娘の前に「はい、できたよ!」と皿を出した。
すると娘は一言、「見事じゃ」。


テレビを見せるのは、よくないと思いつつも、
慣れない外国の都会では、NHK放送が、ひと時の楽しみになることは
仕方のないのかもしれない。願わくば、うちの長女も「篤姫」のように天真爛漫で、
賢い娘に育ってほしいと思う。


その夜、子供たちに時代劇風の言葉で話したところ、大うけだった。
騒がしくしていると、妻までが「ええぃ、静かにせぬか!」と叫び始めた。
狭い我が家で「篤姫」が2人いるのは大変かもしれない。

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