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先週末から、4日間ほど日本へ帰った。
2年前まで働いていた中学校での、卒業礼拝のお話を頼まれたからだ。

私がいた頃の1年生が卒業するためだ。
彼らは大きく成長していて、驚くほどだった。

私がいた頃は、小学校を終わったばかりだったのに、
もう高校生になろうとしている。

うちの子供も、すぐにこんなに大きくなるんだろうなぁと
感慨深げに彼らと時間を過ごすことができた。

私は以前も話したように、全寮制のミッションスクールで3年間働く機会を頂いた。
それは、自分にとって大きな転機であったように思う。

社会のモラルが崩壊し、教育の現場が混乱している現代において、
一牧師として、教育の現場にかかわることができたことは、
何物にも代えがたいものだったと感じている。

私の好きな言葉で、こんなものがある。
その中学校にある石碑にも書かれているが、
少々読みにくくなっていたので、写真の掲載はやめておく。
こんな文である。



「世界で最も欠乏しているものは人物である。それは売買されない人、

 魂の奥底から真実で、正直な人、罪を罪とよぶのに恐れない人、
 
 磁石の針が南北を指示して変わらないように、良心が義務に忠実な人、

 天が落ちかかろうとも正しいことのために立つ人、・・・そういう人である。」

                 E・G・ホワイト「教育」福音社



私は、この言葉を読むたびに静かな感動を心に受ける。

すべての教育の現場は、このような人材育成を求められているのではないかと思う。
しかし日本の教育の現実は、このような理想からかけ離れていることは誰の目にも明らかだろう。

私がいた中学校では、この目標をかかげて運営されている。
そして、そういう人物を輩出していると私は確信している。

なぜか、なぜそのような確信を持てるのか。
それは私たちが生徒を信じているからである。
彼らが必ず「そういう人」として立つ日が来ると確信しているからである。

ミッションスクールでは神の愛が伝えられる。
「あなたは愛されている」この言葉の意味は大きい。

愛されるということは、信じられているということであり、
赦されているということである。

これがあるときに、子供たちは大きく変わっていく。
自信を持って、勇気をもって、優しさをもって変わっていく。

人は、周囲にどのように見られているか、思われているか、
信じられているかが大きい問題である。なぜなら、そのように変わっていくからだ。

どんなに失敗しても、周りから信頼を失おうとも、誰かが、
彼をとことんまで信頼していくなら、彼は立ち直ることができる。

生徒たちは、神様から愛を受け、期待されていることを知っている。
そして、私たちが彼らを信じていることも知っている。
だから、彼らは「そういう人」になるのだ。


日本に行く当日、3年前に教え、バプテスマを授けた生徒からメールが来た。
こんな内容だった。

「先生、僕たち中学を卒業してから今まで、毎週1回必ずみんなで集まってお祈りしているよ」

とても嬉しかった。彼らは学校や教会で言われたことを忠実に守っていた。
彼らは将来、世界で必要とされる人材となっていくと私は確信している。


同僚の親しい先生が卒業式の後、ポツリと言った。

「この時があるから教師はやめられないんだよ。
 他の仕事では到底体験できない喜びだからね。
 今までの苦労が全部、消えてしまうよ。」


今日もまた、ヒナが大きな翼を広げて
旅立って行った。

みんな、私たちを乗り越えていくだろう。
彼らの後ろ姿を見て、そう思った。