「SDA信仰の正当性をめぐる近年の論議」

Q1.「SDA教会の信仰の正統性に関する記事が「タイム」誌に取り上げられ、米国のキリスト教会に大きな反響を呼び起こしたそうですが、その経緯と反響を教えてください。」

A カルト問題の専門家で、バプテスト教会のワルター・マーティン牧師が、SDA教会の世界本部を訪問し、多くのインタビューと、SDA教会の文献を広く調べて「アドベンチスト信仰の真実」(The Truth About Adventism, Zondervan 1960)を出版しました。
全米放送で有名な福音主義キリスト教界の代表的指導者ドナルド・バーンハウス博士も、マーティン牧師と同席してSDA教会世界本部の指導者と直接対話や取材を重ね、執筆を進めていきました。バーンハウス博士は1956年9月号の「イターニティ」の中で、SDA教会に関して「私たちはあまりに悪く言われてきた誠実な信仰者を公平に評価し、この方たちをエホバの証人やモルモンやクリスチャン・サイエンスなどの異端グループから除き、贖われた兄弟であるキリストの体のメンバーとして喜んで受け入れる」と記しました。1956年の「タイム」誌は一連の対話会議を、福音主義の保守派とアドベンチストの和解の時と報じました。


Q2.「マーティン牧師が、バーンハウス博士と共にまとめた本の内容と結論はどのようなものだったのですか?」

A 本は2部で、第1部はSDA教会の歴史と教理の紹介。神、キリスト、贖い、復活、再臨、救いの計画、人間、霊魂、教会、エレン・G・ホワイトの預言の霊などに対するSDA教会の見解がまとめられています。第2部は、それに基づく著者の検証、批判が展開されています。
 いくつかの点では、著者はSDA教会の聖書解釈と見解を異にしています。しかし序文では、「クリスチャンの信仰の土台となる救いについて他のクリスチャンと基本的に同意しているのであれば、彼らは同一の体の一部なのである」と記しています。これがマーティン牧師が7年間にわたって入手可能なすべてのSDA教会文書、世界本部で得た原資料、本部の正式回答書の検証、数百人のSDA教会のリーダー、教会員とのインタビューの結果得た結論でした。
 バーンハウス博士は、ビリー・グラハム博士と並び称される指導者で、マーティン牧師と共に数日間、SDA教会世界本部の指導者たちとの祈りと協議に加わりました。博士は、マーティン牧師著「アドベンチスト信仰の真実」の前書きにこう記しています。「セブンスデー・アドベンチストの信仰について研究した結果、ワルター・マーティンと私は、セブンスデー・アドベンチストは反キリスト教的カルトではなく、真実なクリスチャンのグループであるとの結論に達しました。この結論を私たちが「イターニティー」誌に発表したとき、私たちのように資料を検証する機会のなかった人々から、嵐のような抗議が寄せられました。私たちの見解はただ一つ、すなわちSDA教会の教義を私たちに解説してくれた指導者と同じように主に従っているセブンスデー・アドベンチストは、キリストのからだの真のメンバーとして認められるべきだということです」
 バーンハウス博士は、自分たちが聖書的でないと考える幾つかの違いを受け入れるわけではないと前書きしています。さらに博士は、SDA教会世界本部の指導者たちと2回にわたり、数日を祈りと討議に過ごした時のことを「聖霊は私たちの魂に、これらの人々は真実に神を敬う、キリスト中心の、聖書を愛するクリスチャンであることを証してくださった」と述べ、「願わくは私たち一人ひとりは主にその責任を負う者であることを覚え、主がそのからだのすべてのメンバーを尊敬と愛のうちに互いに引き寄せてくださるように」と祈りの言葉で前書きを結んでいます。


Q3.近年ルーテル世界連盟とSDA教会との代表者による公式な対話のための協議会が何回か持たれたそうですが、どのような目的で、どのようなことを話し合ったのですか?

A 相互理解を深めるために協議会を開くことを合意し、第1回会合が1994年11月1日から5日にかけてドイツで開かれました。それぞれの教派の信仰内容とその根拠を知り、偏見、軋轢があるとすれば理由を明らかにし、相互理解を深めるためです。それ以降も1998年のまでの間に、スイス、カナダ、米国などの会場でそれぞれの代表者が対話を重ねました。
 礼拝の日に関してSDA教会は、旧新約聖書が第七日安息日を聖なる日としているという確信から、救いの条件としてではなく、創造と贖いの記念としてこの日を尊守していることを、ルーテル教会は、聖書また長年にわたるキリスト教の伝統に基づき、週の初めの日に主の復活をあがめ、この日を礼拝日としていることを確認しました。
 両教派とも聖餐式、バプテスマの聖礼典を重視しますが、SDA教会は幼児洗礼が広く古代から行われてきたことを認めながらも、洗礼は本人の信仰を前提にすべきとの立場からそれを受け入れていません。その他にも様々な違いを互いに認めています。しかしこうした各教派の習慣、伝統、歴史から来る強調点の違いは、それがキリストの福音や救いの否定にならない限り、他者の存在を否定する理由にしてはならない事柄であり、相互に寛容な態度が求められます。
 ルーテル教会もSDA教会も歴史の完成であり「祝福に満ちた希望」であるキリストの再臨を信じ、聖書は霊魂の不滅よりも終末における体の復活を希望として指し示していることを確認しました。また、両教会とも一部の教会員に見られる再臨の日を定めようとする傾向は、キリストの体を建ち上げる上において益にならないこと、むしろ日毎の霊性の向上と奉仕を通して再臨に備えるべきことを確認しました。


Q4.これらの対話集会の結果はどうでしたか?この会議からどのような提案がなされましたか?

A 教理上の相違が存在することを認めながらも、互いのキリスト教信仰に対する献身を認め、相互の信仰に対する理解が一段と進んだことを確認することができました。ルーテル教会は国のレベルにおいても、地方レベルにおいても、SDA教会を「セクト」としてではなく、世界のキリスト教共同体の一員として遇するように薦めること、また人類の苦しみを少しでも軽減し、信教の自由の維持、牧師会の交わり、合同の祈祷会、聖書協会の支援などを通して協力していくことなどが確認されました。