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1月15日『光と闇・和解と憎しみ』
汽茱魯1:5-10

今日の聖書の個所から分かることは、私たちが、クリスチャンであろうとなかろうと、ただ、神様がおられることや、神様が世界の全てを治めておられると信じるだけでは不十分であるということです。そのような信仰は、実は悪霊たちも持っているからです。ヤコブの手紙2章19節に、このようにあります。

『あなたは、神はおひとりだと信じています。りっぱなことです。ですが、悪霊どももそう信じて、身震いしています。』ヤコブ2:19

私たちの世界の現状について、イエス様はヨハネによる福音書3章17節から、はっきりとおっしゃいます。それは、私たちが暗闇の中を歩くのは、自分のうちにある問題や、罪に気付きながら、それが他人に知られることを恐れ、また告白もできず、隠したり、ごまかしたり、言い訳を並べたりしているからだと。

しかし、今日の最初の聖書箇所のように、光に照らされると、本当の自分が見えてきます。その自分を認め、罪を告白し、赦されるならば、イエス様との交わりが正しくなります。そして、周りの人々との交わりも正しくなります。そこに和解が成立するからです。

私たち人間が本質的に抱える、難しい根本的な問題があります。

それは、「人をゆるせない苦しみ」、そして「ゆるして欲しいという苦しみ」です。人間関係は、基本的にこれが問題となって起こってくるからです。

第二次世界大戦で、広島に原爆を投下したアメリカ人パイロットがいました。彼、クロード・イーザリーは、アメリカに帰国してから人が変わってしまいました。周りから英雄扱いされることを拒み、勲章も返還しようとしました。年金を受け取ることも断り、原爆孤児のために広島市長宛てにお金を送りました。また、広島市議会宛ての謝罪の手紙も書いています。そして、国から罰を受けることによって、罪の意識から逃れようとしたようです。刑務所を出たり入ったりを繰り返しました。彼は、10万人以上の広島市民の命を、一瞬で奪ってしまったという良心の呵責があったのです。その罪の意識から解放してくれる、ゆるしと和解を求めていたのではないでしょうか。

私たちは皆、自分ではつぐないきれない罪を抱えています。だからこそ、命を創造された、罪のない御子キリストご自身が、十字架にかかられました。それによって、主が罪をご自分の身に負われ、私たちは癒されました。

さて、私の妻が小学生の頃、大変お世話になった、沖縄の牧師先生がいます。よく先生の家で、先生自らが食事を作ってくれて、食べさせてもらっていました。新垣三郎先生という牧師です。

この先生の人生は「地獄の虹」という本にもなり、テレビでも放映され、死刑囚から牧師になったことで有名です。この先生の人生は、人がキリストによるゆるしを体験する時、人をゆるす者に変えられるという、大変よい例です。

彼は若いころ、第二次世界大戦時、父親の仕事の関係でサイパンにいました。

幼い頃、彼の母親は生活の苦しさで家族を捨てました。父親はサイパンの方で仕事をしていたので、子供達は沖縄で苦しい生活を強いられました。残された祖母の力では、三郎少年と妹たちを育てるのは、とても無理でした。

ある時父親が、三郎少年をサイパンへ呼びました。兄弟たちよりも早く大人になる三郎少年を勉強させることにしました。でも、それが三郎少年にとって、想像を絶する地獄のような日々の始まりでした。

その頃、日本とアメリカの対立がひどくなり、真珠湾攻撃が始まって、サイパンでも戦争が始まりました。サイパンの日本の守備隊も全滅しました。その中に新垣三郎青年はいました。連日大砲が嵐のように鳴り響き、雨のように砲弾が飛んできました。日本も応戦しましたが、絶望的でした。

大砲を避けるために自然にできた、ほら穴に避難していた三郎青年達の近くで、塹壕を直撃されて、蟻やハエのように人がバタバタと倒れ、死んで行きました。
そんな中、突然、ほら穴に逃げてきた兵士たちが、民間人の三郎青年たちに「出て行け」と言いました。そして、言われるままに、ほら穴を出ていった後、ドーンと大きな音がして振り返ると、自分たちが出て行けと言われて、出た穴は、砲弾で跡形もなく破壊されていました。

「死んだかもしれない…」、三郎青年と仲間の3人は死の恐怖でかけだしました。

もう死ぬしかないと思った民間人たちが、ジャングルのあちこちで、自分たちで、手榴弾を爆発させて死んでいきました。でも、大けがをしながらも、死にきれない人々が「兵隊さん殺して」と叫んでいたそうです。
また、崖の上では人が、身を投げて多くの人が死んでいきました。

三郎青年も死んだほうが楽だと思いました。そう思った時、ふと、すぐ近くで一人の少女が立ち上がりました。「危ない!」と言った瞬間、アメリカ軍の砲弾で、その少女は跡形もなく消えてしまいました。 

その時に、三郎青年は、少女の死の後に虹を見ました。その虹は近づいてきて、気が付いたら、雨が降っていました。彼は茫然としていました。地獄そのもののような場所で虹が見えたのです。

その後、神様の導きで、この時見た虹が、三郎青年の大きな励ましとなりました
なぜなら、聖書では、虹は、和解の意味があるからです。(旧約聖書ノアの箱舟)

この後、三郎青年は兵隊と共に行動し、尊敬していた城島伍長という兵隊と一緒に行動しました。そして彼の命令で三郎青年は、スパイの目的でアメリカ軍の捕虜となりました。アメリカの捕虜になった者達の中には、日本は負けたと言っている者達がいました。ある日、三郎青年は、城島伍長から、ある命令を受けました。それは日本の敗戦を認めて、アメリカに協力する日本人二人を殺害することでした。三郎青年は言われるままに、二人を殺害しました。

後になって、三郎青年と城島伍長の二人は捕まり、裁判を受けました。 
城島伍長は捕まった時、新垣三郎にこう言いました。
「いいか!知らないと言うんだぞ」と。

その後、凄まじい拷問を受けても、三郎青年は何も言わず、罪を隠していました。でもある時、城島伍長に言われました。「君は、おれと一緒に死ねるか?」と。「俺は生殺しの拷問にあうよりいっそ死を選ぶ。今迄のことを白状することで一緒に死のう」と三郎青年に言ってきたのです。

でも、それは嘘でした。今のまま拷問を受ければ、いずれ三郎青年が全て白状してしまい、自分も死刑になると城島伍長は恐れていたのでした。

しかし三郎青年は、その言葉を信じて白状しました。このことにより彼は、死刑を言い渡されました。そして、殺せと命令した城島伍長は助かって、全ての罪を三郎青年一人にかぶせて日本へ帰って行ったのです。

三郎青年は死の恐怖と、城島伍長に対する憎しみに、半狂乱の日々を送っていました。しかし、そんな三郎青年を、イエス・キリストは見捨てませんでした。

彼は、最初死刑の宣告を受けましたが、終身刑になりました。ハワイの刑務所に移りましたが、そこでの生活は変わらず絶望的でした。希望がなければ、人はやがて荒れていきます。彼は自殺も考えるようになりました。そんな中で彼は夢を見ました。いつか砲弾の嵐のなかで見た虹でした。

そして、刑務所の畑仕事をしていた時に空を見上げると、彼は虹を見ました。それから、彼は不思議なイエス様の導きに守られ始めました。まず日系アメリカ人二世の上川さんから、英語の聖書をもらいます。上川さんは、三郎青年が聖書を読まないのを見ると、今度は、日本語の聖書をくれました。

もう、3年ぐらい日本語の本を読んだことのない三郎青年は、神様には興味はなかったけれども、日本語には飢えていました。そして、聖書を読むうちに、三宅牧師と出会い、聖書を読むのが好きになっていきました。そして、日本語の聖書通信講座を学び、自分の犯した罪の恐ろしさと、キリストの赦しの愛を知りました。次第に三郎青年は、イエス・キリストの救いを信じるようになり、バプテスマを受けると言い出しました。

しかしそのためには教会に行かなければなりません。すると、刑務所の所長が、それを許可してくれました。その後、三郎青年は刑務所で伝道し、200人の受刑者が聖書の通信講座を学ぶようになりました。

ある時、三宅牧師は「ハワイは虹の多いところですね」と三郎青年に話しかけました。この時、三郎青年は、地獄の中の虹の話をしました。すると三宅牧師は、こう答えたそうです。「人生には、さまざまな地獄があっても、どんな苦しい境遇にあっても、どこかに虹がさしています。」と

その後、奇跡が起きました。ある日、三郎青年は刑務所所長に呼ばれました。
そして、こう言われました。「Saburo, You Go Home!」と。三郎青年は釈放されることになったのでした。

実は、三郎青年のあまりのかわりように、刑務所の所長自らが、三郎青年の減刑運動を始めていました。また所長だけでなく、彼を知る多くの人々が減刑運動に参加していたのでした。その頃、三郎青年は模範囚になっており、多くの囚人のリーダーとして、刑務所内の労働の責任を負っていました。また、多くの人たちから尊敬されていました。そしてついに異例のアイゼンハワー大統領の特赦によって、新垣三郎青年は自由の身になったのでした。

牧師を目指し、ハワイから日本へ帰国した三郎青年が、どうしても会いたい人物がいました。それは、自分を裏切った、あの城島伍長でした。新宿の彼の居場所を突き止めた三郎青年は、復讐に怯える城島伍長に、自分から手を差し伸べました。そして涙ながらに赦しを求める彼に優しくこう告げました。「とっくに赦していますよ」。

聖書の中で、パウロはこう言っています。

『互に忍びあい、もし互に責むべきことがあれば、ゆるし合いなさい。主もあなたがたをゆるして下さったのだから、そのように、あなたがたもゆるし合いなさい。』コロサイ3:13(口語訳)

私たちは、みな取り戻すことのできない過去を抱えて生きています。育った環境、不可抗力の事故、自ら犯したしまった取り返しのつかないあやまち、うまれつきの性格もあるかもしれません。そんな中で、「あの人は変わらないよ」と思うだけでなく、自分に対しても「変わりたくても変われない」とあきらめてはいないでしょうか?

でも、人はいつまでも過去にしばられて生きていく必要はありません。だれでも新しく生まれ変わることができる、それが聖書のメッセージです。

さて、三郎青年はその後、教会の牧師になり、沖縄のパウロと言われました。そして私の妻も、妻の母もお世話になりました。

私の尊敬する大学教授から新垣牧師の有名な話を聞いたことがあります。それは、その教授が若いころ、新垣牧師が司式する葬儀に出席した時のことでした。新垣先生はアメリカ生活が長かったせいか、日本人離れしており、お洒落で豪快な方だったそうです。

その葬儀で新垣先生は、青の鮮やかなスーツと、赤いネクタイを着こなし、最初にこう言われたそうです。「この葬儀には、よいことが3つある」。みんな大変驚いたそうです。しかし、その葬儀は、最も印象に残る素晴らしい葬儀だったそうです。新垣先生は福音の本質、死の向こう側にある虹を見ておられたのではないでしょうか。

私たちも光の中を歩み、本当の交わりを持ち、イエス様によって、あらゆる罪から清められたいと思います。新しい一週間が、主と共に、光の中を共に歩むものでありたいと思います。アーメン。