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先週、長男の卒園式が日本人学校幼稚部でありました。
ありましたが、息子は出れませんでした。その日が礼拝日だったからです。

宣教師として牧師として、一クリスチャンとして、
なによりも父親として、休ませることは簡単な決断ではありませんでした。

多くの人から「融通が利かない」、「子供の気持ちを考えていない」、
「だから宗教は…」という声を聞きました。

「これから礼拝日にかかる運動会や保護者会、様々な行事にも出れません」
そう説明した時に、園長先生は驚いておられました。当然のことです。
これを読まれる方も「何もそこまで…」と思われる方がほとんどでしょう。

アブラハムのように一人息子を捧げよとは主は私たちに言われないでしょう。
しかし、何を第一とするかは、おのずからその人の人生のうちに
現れてくると思います。

『心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして神を愛せよ』

息子には、本当に主を畏れる人になって欲しいと願っています。
その信仰だけが、私たち夫婦が息子に与えられる唯一の財産だと思っています。

園長先生、今日は息子のために、たった一人の卒園式をしてくれて
ありがとうございました。理解できずとも、私どもの信仰を尊重してくださり、
息子を愛してくださったこと、心から感謝いたします。