イメージ 1

高校生のとき、私は問題のある学生でした。それは、父が自分を一度も褒めてくれたことがなく、出来のいい弟ばかりをかわいがっていたように思えたからでした。

もちろん、今思えば、父は私のことをちゃんと心にかけてくれ、愛してくれていましたが、私の父親は父を2歳の時に亡くしており、父親との関係を知りません。また中2の時に母を亡くし、東京で兄弟3人、戦後の苦しい時期を生き抜いてきました。ですから、少し厳しく愛情表現に不器用であったかもしれません。それが、今自分が父親になって分かってきました。

しかし、当時の私にそれが分からず、私は父に認めてもらうために、部活動を一生懸命にやり、勉強もがんばった時期がありました。しかし、それでも褒めてもらえなった私は、「自分は愛されていない」と思うようになり、徐々に勉強もしなくなり、学校の中や外で問題を起こすようになっていきました。

一度、問題を起こして警察に捕まったこともありました。家では、両親に怒られましたが、その時は、自分が悪いとは思っていませんでした。「自分は悪くない。両親や周りの環境が悪い」と、自分では思っていました。それだけではなく、父が怒るのを見て「清々する…」と思っていました。私の心はすさみ、ひねくれていました。

高校3年生の冬、勉強をしていなかった私は、大学受験はせず、東京で就職することにしました。友人たちが受験勉強をしている時に、私は暇で学校に行く必要もなく過ごしていました。

ある週末、母が会社が休みなのを知り、スキーに連れて行ってくれと頼みました。母は、1週間の仕事で疲れていましたが、もうすぐ東京へ行く息子の願いを聞こうと思ったのか、車で日帰りのスキーに連れて行ってくれました。スキーは楽しかったのですが、事件は帰りに起こりました。

1週間の仕事の疲れとスキーの疲れで、母は帰りの道で居眠り運転をしてしまったのでした。「ドーン」という強い衝撃で私は目を覚ましました。胸が痛く、いくら口を開けても息が出来ませんでした。薄れ行く意識の中で、これで自分は死ぬんだなと思っていました。次に目を覚ました時には、目がかすんでいましたが、自分が生きていることに気づきました。しかし、足はダッシュボードに挟まれて動かず、フロントガラスもなくなっていて、目の前にはどこかの家の壁がありました。

その時、運転していた母が声をかけてきました。「春嗣、大丈夫?」私は胸が痛かったので、「胸が少し痛い」といいました。すると母はおろおろしながら、「どうしよう、どうしよう、私が代わってあげればよかったのに・・・」と言っていました。私はかすむ目で、隣の母を見ました。すると、白いセーターを着ていたはずの母が、真っ赤なセーターを着ていることに気づきました。それは、裂けた鼻と口の間から流れしたたり落ちる血のせいでした。私のことばかり気にしている母にタオルを渡して、「顔を押さえてよ」と言ったときに、初めて母は自分の怪我のことに気づきました。

しばらくして、救急車が来て、鉄の棒で、ひしゃげたドアを壊して開け、母と私を助け出し、救急車に乗せてくれました。私は左手が反対に捻じ曲がっていて、あとは肋骨が3本折れていました。しかしそれは軽い怪我で、救急車の中で座らされていました。救急隊員の2人は、一生懸命、母の顔の止血手当てをしていました。そして病院について、すぐに母は救急治療室に運ばれて、何人もの医者と看護士たちに囲まれて治療を受けていました。怪我は顔面をハンドルに強く打ちつけた結果、右目の下の眼底が粉砕骨折の状態で、鼻が脳の近くまでめり込み、鼻と口の間が裂けており、重症でした。あと数分病院への到着が遅れていたら、右目が落ちていたと言われたそうです。

母は、救急車で治療されている間も、病院で多くの医者や看護士に囲まれて治療されている間も、片方の手を私の方へ伸ばして、ずっと私の名前を呼び続けていました。私はその時、衝撃に近い驚きを感じていました。それは、「私は愛されている」ということでした。今まで愛されていないと思っていたのに、自分は、こんなにも愛されていたというショックに近い感情でした。その時「自分が悪かった。父や母じゃなく、自分のせいだ…」と考えていたことを思い出します。その時に私は、我に返ったのかもしれません。

数年後、私はカナダに留学して、初めて聖書を読み、そしてイエス・キリストに出会いました。しかし、なかなか十字架のイエス様の愛がピンときませんでした。

しかしある日、大学の寮の壁に掛けられていた、茨の冠りをかぶられ、血を流しているイエス様の絵を見たときに、顔中血だらけになりながら私の名を呼ぶ母の顔を思い出しました。そうしてイエス様の顔と、母の顔が重なり、私の目からは涙がとめどなく流れ落ちました。イエス様が私を愛されているということが、母が私を愛してくれていたことから、実感として、より深いものとして心に伝わってきました。私がイエス・キリストの愛を実感した瞬間でした。

息子の私が言うのもなんですが、母はとても美人でした。しかし、事故のせいで母の顔は変わりました。また鼻を強く打ったため、嗅覚を失いました。そのせいか、時々実家に帰ったときに、母の味噌汁を飲むと、少し、しょっぱく感じます。しかし、それは私にとって、とてもおいしい味噌汁です。なぜなら、母の事故の怪我を見るたびに、そして、少し味の濃い味噌汁を飲むたびに、母の私への愛情を思い出すからです。

私たちが、主イエス・キリストの十字架を見上げる時、そこには私たちへの深い愛の証があります。私たちは十字架のその人を見上げるたびに、愛を感じ、慰められ、強められ、力を受けるのです。どうか今日も、あなたが、その愛を豊かに受けられますように。