『心の傷がいやされるには?』

あなたの心は今、幸せで、誰とでも、仲良く楽しく、明るく生きているでしょうか? 
おそらく何もかもうまく行っているという人はいないと思います。色んな思いがあり、
心の中にどうしても埋められない寂しさ、悲しさ、そして心が重くなることはあることでしょう。

それらの理由のほとんどが「心の傷」から来ると言われています。
心が怪我をして血を流し、痛んでいるのです。

今日、私がみなさんにお話ししたいことは、この3つが私たちの心にあるということです。

「心の傷」、「悪習慣」、「とらわれ」です。

「心の傷」は、親や友人の言葉、または恋人や、会社の上司や同僚からの言葉、あるいは、
言葉だけじゃなくて、暴力、いまわしい思い出もあるかもしれません。

「悪習慣」とは、そんな心の傷を持つと始まる習慣です。心の傷を持った人は、「愛されたい」、
「受け入れられたい」、「認められたい」と強く願います。それがうまくいかないと、
他のものでその心の傷をいやそうとします。食べ物をたくさん食べたり、お酒をたくさん飲んだり、
タバコ、麻薬などに手を出す人もいます。あるいは、愛さている実感が欲しいために、
異性にそれを求める人がいます。いろいろあげればきりがありません。

韓国では、PCバンでゲームにはまる人がたくさんいます。それは現実の社会では思い通りに行かず、
ストレスがあるからだと思います。私自身、現実社会ではうまくいかなくても、ゲームの中では、
勇者であり、主人公であることから、一時期ロールプレイングゲームや、シュミレーションゲームに
はまったことがあります。ゲームを含めた中毒症にかかる人は、心に傷があることが大きな原因だと
思われます。その満たされない気持ちを、なんとかして満たそうと、ゲームの世界に
ひたってしまうのです。

「とらわれ」とは、痛みの原因になります。「心の傷」によって、人に対する恐れ、自信のなさ、
コンプレックスなどがそれです。「どうせ自分はダメだ」とか、「自分は他の人から愛されていない」
とか、「自分は頑固だ」、色んなイメージが心にできてしまうのです。
そのようなマイナスイメージがあると、本当の自分はそうじゃなくても自分に暗示をかけてしいます。「自分はどうせそんな人間だ」と思い込むようになってしまうのです。

このような「心の傷」、「悪習慣」、「とらわれ」に、みなさん思い当たりますか?
結論から言うと、この「心の傷」を治し、悪習慣から離れ、とらわれを追い出すなら、
みなさんの心は本当に楽になります。そして性格も変わります。生き方も変わります。
人生を前向きに明るく、そして肯定的に生きられるようになります。また友達も増えるでしょう。
周りの人から好かれる存在になるでしょう。

「えっ!本当?マジで?」と疑う人もいるでしょう。でも、本当にそうなのです。
みなさんの人生は変わって行きます。

皆さん、もし手をケガしたらどうしますか? 手のひらに、木のトゲが入ったらどうしますか?
そのまま放っておきますか? 必ず、トゲを抜き、消毒し、絆創膏をはるでしょう。そうしなければ、
いつまでたってもケガは治りません。かえって膿がでて、その周りもひどい状態になるからです。

では、心がケガをしたらどうするでしょうか? 皆さんはどうしますか? 
おそらくみなさんは、色んな方法を試したでしょう。でも、それで心のケガや傷がなおったでしょうか?
おそらく治らなかったでしょう。
身体のケガは、体が傷つきますが、心の傷は、あなたの「感情」が傷ついているからです。
ですから、この傷ついた感情がいやされなければなりません。
どうしたら感情がいやされるか?
はい、一番大事なことですよ。他のことを忘れてもこれだけは忘れないで下さい。

2つあります。1つ目は「あなたの傷ついた感情、膿を出すこと」です。
これは、ある人にとってはとても難しいことかもしれません。でも、これが出せないと、
ことあるごとに、先ほどの「心の傷」の症状が出てきて、あなたの生活は苦しいものになるでしょう。

2つ目は、あなたのことをどんなことがあっても受け止めてくれる人が必要です。
そしてここが大事です。「あなたを見捨てないで愛してくれる人」が必要なのです。
この2つがないと、心の傷は治ることが難しいと言われています。

私には、尊敬すべき父、優しい母がいます。
しかし、私はいまだに両親にほめられた経験がありません。
(もしかすると私の記憶がないだけかもしれませんが・・・)。
小さい頃私は、親にほめられようと勉強を頑張った時期がありました。
また、スポーツも集中して努力した時がありました。しかし、どんな成績をとっても、
認めてもらえず、ほめてもらえなかったのです。
その結果、自分はどうでもいい存在で、愛されていない存在なのだと思うようになっていきました。

幼稚園から小学生の初めにかけて、明るくひょうきんだった自分は、だんだん自信がなくなり.
人前に出るのが怖くなりました。小学生の頃、吃音が始まりました。話すことが怖くなり、
電話にも出ることができなくなりました。また学校では、クラス中、先生に質問されるのが怖くて、
学校をさぼることも増えてきました。そのせいか、中学生くらいから父親を避け、
だんだん父親を嫌うようになってしまったのでした。そして、高校生になる頃には、
生活が荒れてきて、学校にも行かなくなり、すさんだ生活を始めていきました。

そのうち、私はあることで警察に捕まってしまいました。
家に帰ると、父親は当然のことながら激怒していました。
でも、私は全然悪いと思っていませんでした。かえって「ざまあみろ」と思っていたのです。
今では勿論、父も母も自分のことをいつも心配し、愛してくれていることを知っていますが、
その時は、どんなことをしても認めてもらえないという「心の傷」と「とらわれ」によって
自暴自棄になっていたのです。

数年して、クリスチャンになり、私は求めていた愛を見つけました。決して見捨てない、
自分の命をかけて私を愛してくれるイエス様に出会ったのです。
そうして私の心はなぐさめられていきました。でも、まだ「心の傷」はありました。
父親に対して心を開くことができなかったのです。

しかし数年前、あるクリスチャンのグループの交わりの中で、
心の底に押し込めた感情を出すことができました。十数年も前の心の思いが湧き上がってきたのです。

「父さん、もっと愛して欲しかった。一度でいいからほめて欲しかった。
父さん、ぜんぜん嫌いじゃないよ、大好きだよ!」それは、少年時代の心の叫びでした。

私は長い時間、泣きながら祈っていました。というより神様に泣き叫んでいました。
そうして傷ついた心の感情をイエス様の前で、そして信頼できる友人の前で
出し切ったとき、心が楽になり、ようやく父親に対するわだかまりが消えたのでした。

『私には、そんなに「心の傷」はないよ』と思う人がいるでしょう。
その人は、これを見てください。これは心の傷を持っている人にある症状です。
これに1つでも当てはまるならば、心に傷を持っているということです。

   ~ 心の傷から来る症状 ~
   ● 孤独感、寂しい
   ●  自分を愛せない
   ● 人を愛せない
   ● 劣等感が強い
   ● 自信がない
   ● 自分をゆるせない
   ● どうしても人を喜ばすことに意識がいく
   ● 心配性
   ● 怒りっぽい、復讐心
   ● 嫉妬、憎しみ
   ● 無関心
         (「ココロの奥が楽になる本」石原良人著 JCMN出版より)

みなさんは、どれくらい当てはまったでしょうか?この「心の傷」は、なぜできるのでしょうか?
「愛されたいのに、愛されない」、「認めて欲しいのに、認めてくれない」、
「受け入れて欲しいのに、受け入れてくれない」。
「心の傷」とは、愛のない言葉、行動からくる、といわれています。
それは、愛を充分に受けられないことに原因があるのです。実際に愛情はあっても、
伝わらなければ意味がありません。愛の不足のために人は傷ついていくのです。

多くの人は、父親、母親の言葉や態度で傷つきます。
本当は、無条件に愛され、受け入れられるはずなのに、勉強ができたり、
何か人より上手くできた時だけ褒められる場合が多いのです。
もし失敗したり、成績が下がったら、怒られます。その時に私たちの多くは、
愛されるために頑張るのです。認められたくて頑張るのです。
「無条件の愛」であるはずが、「条件付の愛」になっているからです。

他の人は、兄弟、友人、恋人、妻や、夫、会社の同僚、上司、
様々な人からの心無い言葉によって傷つくでしょう。
権威主義の人がそばにいる場合、そのために、いつも恐怖の中にいて、
人が怖くなることもあります。

みなさんは、心に傷を負っている事が分かったらすぐに治療しなければなりません。
もしほっておくとどうなるでしょうか? ひどい時は精神的な病気になります。
また、ゲームやお酒、ギャンブル、男女関係、閉じこもり、様々な症状が出てくるでしょう。

聖書の言葉、イザヤ書57章18節を見てみましょう。
『わたしは彼の道を見たが、彼をいやそう。わたしは彼を導き、
彼と、その悲しむ者たちとに、慰めを報いよう』

神様は、みなさんをいやそうとされています。みなさんは、自分を新しく変えたいと思いませんか?
もう一度、新しくやり直したいと思いませんか?もしそれを願うならば、必ずできます。

もう一度いいますが、私たちは「無条件の愛」で愛される必要があるのです。
無条件の愛は、人間関係では不可能であることは、みなさんがいま考えても理解できると思います。
無条件で愛されるということは、人間の間では一時的にはあっても、ずっとは続かないからです。
唯一の無条件の愛は、神様から受けるしかないのです。

5月2週目、金曜日の礼拝の後、フリートークの時間に『ココらくカフェ(仮名)』を始める計画です。
その場で、心にたまっている思い、不満、悲しみ、心の傷などを分かち合うという時間です。
なにも難しいことはありません。ただ自分の心に正直になれるときがあるだけです。
日本語があまりできなくてもかまいません。できなかったら韓国語でもいいです。
お茶とお菓子を食べながら、気楽に始めたいと思います。

この1週間で、私は7人の人の涙をみました。みなさん、辛いこと、苦しいこと、悩み、
それらの心の傷、悪習慣、とらわれから、逃げたいと思う人が7人、私の前でそのことを話し、
涙を流しました。みなさんにもあるはずです。もし、心が楽になりたいと思う人は、
5月の金曜夜のベスパーから来てみてください。

私は日本にいた時に、中学生、高校生、大学生、社会人の方々とこれに似たグループを持ってきました。みんな心の傷を持っています。

アメリカでは2000万人の人が何らかの形でこのグループに入っているといわれています。
また50万のグループがあるといわれています。しかしこの韓国ではそれらはほとんどありません。
いろんな理由はあるでしょう。

私たちの社会では、誰にも話せないのです。「競争社会」という自分さえよければいいという
社会では、心の傷や、弱さは出せません。

ただ教会だけが、それをできる場所だと私は思っています。神様は今、みなさんの傷を治し、
もとの状態に回復させようと待っておられます。そして神様は、私たちの全ての罪を赦し、
悩みを理解し、重荷