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よく聞かれる質問で、「なぜ牧師になったのですか?」という質問があります。その度にどう答えるのか考えるのですが、今日は率直になぜ私が牧師になったのかをお話ししたいと思います。

私が23歳の頃、ブラジルの北にあるアマゾン川の河口の町、ベレン(ベツレヘムという意味)という所に学生宣教師として赴任しました。確か飛行機代が片道16万円で、乗り換え4回、2日間かけて行った覚えがあります。丁度日本の反対側になります。

ベレンのあたりは、赤道に近く、熱帯雨林気候で、とても暑い場所でした。私はそこにある日本人教会に住み込んで、田舎からベレンの町に勉強しに来ている日系人師弟(中・高校生)に日本語を教え、彼らが住む寮で(教会内にあり)働いていました。何も分からず働いていたので生徒との衝突もあり、色々大変な思いもしました。でも、そにいる間にクリスチャンとして年の浅かった私は、教会にあった多くの日本語のキリスト教関係の書籍を読み漁り、次第に聖書の知識を深めていきました。

しかし、そのような教会内での生活だけでなく、ブラジルではファベイラ(貧民街)と呼ばれる場所の悲惨さを目の当たりにし、自分の力の無さを嘆き、何をしにブラジルに来たのかと自問自答する毎日だったように思います。

ある日、教会にある寮の食堂から出るゴミを、表のゴミ箱に出そうとして、生ゴミの袋を2つ持って教会の門を開け、その金属で出来たカゴにゴミを入れました。そのまま帰ろうとしたその時、道の反対側から3人の3,4歳くらいの子供達が走ってきました。2人は男の子で半ズボンだけしか身に着けておらず、小さな汚いバックを肩に掛けていました。もう1人は女の子で薄汚れたTシャツとスカートだけ着ており、この子も裸足でした。3人は「わっー!」と言って近寄ってきて、汚い肩がけ鞄の中からボロボロの弁当箱を出し、私が今置いたばかりの生ゴミの袋をおもむろに開けだし、汚い残飯を弁当箱に詰め込みだしたのでした。その時、私が一番ショックだったのは、彼らのうれしそうな、本当にうれしそうな顔でした。彼らが弁当箱を残飯で満たし走り去った後、私はしばらくその場所から動けませんでした。

田舎を現地の牧師と回った時もショックなことがありました。そこは日本人移住者達が農場を切り開き、現地の人たちが多く雇われているという田舎の町でした。その田舎のメインストリート(もちろん土)を歩いていると、2,3人のきれいな服を着た小学校3,4年生くらいの現地の女の子達が労働者風の男性と話しているのを見ました。田舎では見かけないきれいな服装で、一緒にいた牧師に「彼らの家は裕福なのですか?」と聞くと、一言「あの子達は売春婦ですよ」と普通に答えが帰ってきました・・・。

もっとショックな話しが、多くあるのですがここでは書くことが出来ないのでこの辺にしておきます。
これが私が牧師になったこととどう関係があるのか?

それは、ブラジルに来て1年たったある日、私は来年の予定を考え祈っていました。自分ではカナダに戻って経済の勉強をするつもりでした。しかし同時にブラジルでの貧しい子供達のことを思い、その子たちをどうか助けて欲しいと神様に祈っていました。

その時、不意に声が聞こえました。
耳元で聞こえたのか、頭の中に響いたのか覚えていません。
しかし、声があったのです。

「あなたが福音を宣べつたえる者となって彼らを助けなさい」
私は、それが即、牧師になることだと悟って「嫌です」と答えました。

するともう一度声があり、同じ言葉が繰り返されました。
「あなたが福音を宣べつたえる者となって彼らを助けなさい」と。
私は「他に優秀な人がたくさんいるじゃないですか、彼らを召してください!」

私は小学校のころから「どもり」始めました。「吃音」です。人前で話が出来ず、
電話に出ることも恐れていました。そして学校にもあまり行かなくなってしまいました。
小学校では全校朝礼というものがあります。その中で時々ゲームなんかをします。
例えば伝言ゲームです。一番前から伝言を伝え、一番後ろの生徒が全校生徒の前で
伝えられた言葉を話すといものです。私は背が高く一番後ろでした。ですから
必ず前に出されました。
しかし、どもって言葉が出ず、やっとの思いで「忘れました」と言うのが精一杯でした。
そんなどもりを抱えて20歳前半まで、自分に自信を持てず暮らしていました。
ですからそんな自分が人前で話すことがメインである牧師になんてなれるわけないと
思っていたのです。

しかし、声がもう一度ありました。
「あなたが行って、福音を伝えなさい」
私は、もはやその言葉に抵抗することは出来ませんでした。
泣き崩れながら、「はい、わかりました。私が牧師になって福音を伝えます。」
と神様に答えたのでした。

その時の決心が今の自分を形作ってきました。
神が命令されたのですから、私はただ従うだけでした。
日本に帰って神学校に行く時も、バイト代だけでは到底足りない学費が、
不思議な方法で全て返済されていくのを目の当たりにしてきました。

学校に入る前、私は無一文でしたから、初年度の費用のうち80万円をどうしも
工面できずにいました。「今年は無理だから来年行こう!」と考えていたところ、
東京のバイト先にカナダから国際電話がありました。
カナダの州立大学で教えておられた方で、ブラジルから日本に戻る前に、
カナダのバンクーバーの教会で知り合った方でした。

その方からの電話で、正直「なんだろう?」と私は思っていました。
それは、半年前からその方と連絡を取っていなかったからでした。
その方はこちらのバイト先を見つけ、バイトが終わる夜7時まで待って
電話を掛けてこられたのでした。
カナダのバンクーバーは夜2時だったと思います。

開口一番、その方は「昨夜、家内と礼拝をして祈っていましたら、神様の声が聞こえました。」
というのです。「はぁ~?」と思っていると、その方はこう続けました。
「日本にいる小川君を助けなさいと神様はおっしゃいました。つきましては、牧師になるための
援助をしたいと思います。必要なものを言ってください。」

私は、おそるおそる「初年度の必要経費が80万円不足しています。アルバイトで来年行こうと
思っているんですが・・・」といいました。
すると、「解りました。すぐに銀行へ80万円振り込みましょう。あなたは返す必要はありません。
ただ、神学校を卒業することが条件です・・・。」

他にも5年間の学びの中でお金がなくなり、学生口座が赤字になっている時、誰にもお金が必要と
言っていなかったのですが、匿名で100万円振り込まれていました。別な人からでした。

これらの話は、今まで私が体験してきたうちの、ほんの少しの体験談ですが、
このように神様は、命令に「はい」と答えた弱い私を、力強く今まで導いて下さいました。(終)