おがちょのつぶやき日記

トロント日系セブンスデーアドベンチスト教会牧師のブログです。

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みなさま「おがちょのつぶやき日記」にようこそおいで下さいました。
簡単に自己紹介をいたします。

トロント日系セブンスデー・アドベンチスト教会牧師


福井県で生まれる。
東京育ちの父と、越前海岸育ちの母の間に生まれる。
2歳下に、よくできた弟あり。

地元の小・中・高校を卒業。
東京・三重県で仕事をしながら2年ほど過ごす。

それからカナダに留学する。トロントにある日系人教会に出入りするようになり、
ここでプロテスタントのクリスチャンになる。カナダに4年滞在。

大学在学中、思うところあってブラジルに渡り、宣教師として
2年間働く(アマゾン川河口の町ベレンにある日系人教会)。

ブラジルでの働きの時に、神様から「牧師」としての召しを受ける。
帰国後、6年ほど仕事をしながら、神学校で学ぶ。

牧師になり、東京、静岡、茨城で働く。

うち3年間は、茨城県の北浦湖畔にある、北浦三育中学校・北浦三育キリスト教会へ、
学校チャプレン・教会牧師として赴任する。

祈りのうちに神よりの召命を受ける。祈りの中で助けを求めている韓国の人々の
姿と叫びを聞き、涙が止まらず。同じ日、教会にいた妻も悔い改めと、
どこまでも神に従っていく決心をする。
2007年より、三育外国語学院江南校の、江南教会の日本語部の牧師として赴任。

2011年1月より、ソウル市竜山区東氷庫洞で、「SDA竜山日本人教会」として独立。
少ない人数ながら、開拓教会を始める。

2012年3月帰国。4月1日付けで、沖縄アドベンチストメディカルセンターで
チャプレン(病院付き牧師)として赴任。

2014年8月からアメリカ・ミシガン州にあるアンドリュース大学で学ぶ。

2016年8月より、トロント日系セブンスデー・アドベンチスト教会牧師。


家族構成:沖縄出身の妻、長女、長男、二男、三男の六人家族.

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1週間ほど前に、子供の幼稚園の登山遠足に行った時に、
裏山で見つけた韓国軍の軍事訓練場があった。
登山道に隣接しているのである。

有刺鉄線の向こうには、韓国軍の塹壕を使った訓練場である。
いたるところにあったのだが、それは全部ソウル中心部に向かってあり、
明らかに方向は関係なく訓練用で、今も使われているものであった。
しかし、特に目に止まったのは、山の尾根づたいから北朝鮮側に向かって
下っている斜面に、コンクリートの小さな建物がたくさんあったことだ。
朝鮮戦争から今まで使われてきたもので、つい最近まで(はっきりはしないが)、
兵士がここにいたとかいないとか・・・

一緒に山を登った娘のクラスメイトの父親は、軍隊時代に塹壕ばかり
掘らされたと言っていた。毎日、毎日、穴ばかりだったとか・・・。

以前、ソウル中心を流れる韓江を渡る時、車の中で案内して下さる方から
教えてもらったことだが、韓江の至る所に小さなダムのようなものが横切っていて、
そこでは数十メートルおきに、川の中に人が入れるほどのコンクリートの建物がある
のである。それは、北朝鮮からの潜水艇や水中をスパイが潜入できなくするための
ものだといのだ。そして10年ほど前までは、実際に兵士が交代で常駐していたというのだ。
大学キャンパスの裏山にある塹壕から始まって、色々考えさせられた。

今、韓国の歴史、民族、文化を学ぶために、日本で色々な書籍を購入してきたものを
読んでいるが、正直涙なくしては読めないのだ。
何故ここまで韓国の人々は苦しまなければならなかったのかと。
歴史に無知であったことを思い知らされた。あまりに知らなさ過ぎる。
その歴史と正面から向かって行かなければ、どんなことも本当には前に進まないだろう。
インターネットで流れてくる日本と韓国のすれ違いのニュースを見るときに、
そのことを考えるのである。

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韓国に来て、そろそろ2ヶ月、遅々として進まない
夫婦の韓国語上達度に比べて、子供達は吸収が速い。速すぎるぅ・・・

子供達は、オンマー、アッパーと呼ぶのが普通になり、
会話のあちらこちらに韓国語が出てくる。
下の息子は、韓国人のベビーシッターの言うことを聞いて、
その通りにするのである!!親父は理解できていないのに・・・

3歳の娘の方はというと、日本語のスピードが遅くなり、
語尾が怪しくなってきた。というより、歌っている歌が
すでに日本語ではなくなったのである。

下の子はまだ話せないが、上の子の日本語のレベル低下は
これからも続くので、妻は「ママ学校」を毎日幼稚園の後で、
することになった。
内容は、日本で購入した「家庭保育]の教材を中心に、
絵カード、フラッシュカード、歌、ピアニカ演奏、
絵本の読み聞かせ、聖書の物語の読み聞かせ、
あとは、NHKの「しまじろう」のDVDなどである。

この「ママ学校」子供達には好評で、上の子は幼稚園から
帰るといつも「ねぇ、ママ学校はまだ~?」とせがむのである。
妻は、午前中の韓国語クラスと家事があるので当然忙しい。
無論、私も家事の手伝いを半分受け持っているが、妻には感謝なのだ。
妻は小学校の免許を持っており、幼稚園で働いたこともあるが、
こういうところで生かされて良かった~とつくづく思う。

次回は、父親の威厳(あるのか?)を取り戻すべく、「パパ学校」
なるものを開校しようと目論んでいる(二番煎じっぽいが・・・)。

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